冬木の街においては『聖杯戦争』が開戦を告げたその頃・・・地球の裏側では熾烈な暗闘が幕を開けようとしていた。
『ミス・ブルー』蒼崎青子が時計塔を来訪した。
その報を聞いた魔術協会の重鎮達は皆一様に緊張の度合いを見せた。
それも今回は『魔道元帥』キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ、そして『封印の魔法使い』の異名で恐れられる、コーバック・アルカトラスまでもが彼女と共に来訪したと言う。
常日頃は真祖の姫・・・今では極東の『真なる死神』の妻となった・・・『アルクェイド・ブリュンスタッド』の『千年城』を守護する二人が現れた事に大いに困惑した。
しかし、彼らから話された内容は更に驚愕をもたらすものだった。
すなわち『死徒二十七祖第二位The・Dark・Six=六王権が最高側近共々復活を遂げた』と・・・
黒の書一『常識』
時を青子達三人が時計塔に来訪する数日前まで戻そう。
「蒼崎」
「蒼崎はん」
志貴が『千年城』を卒業してからいつもの様に自由気ままな旅をしていた青子の元に唐突にゼルレッチとコーバックが姿を現した。
「老師??それにアルカトラスまでどうしたのよ?」
首を傾げる青子にゼルレッチ達は『六王権』復活を伝える。
「・・・冗談でしょ?」
それが自身を持って冗談・非常識と揶揄される『ミス・ブルー』の返答だった。
彼女とて『六王権』の封印を知らない訳が無い。
その封印は現存する魔術師の中でも最高峰の封印魔術の使い手コーバックですら作れるかわからない強固なもの。
その封印を破って復活したなど信じられる訳が無かった。
「おんどれがその言葉使うと違和感ありありやな・・・」
「気持ちは判るがな・・・これは事実だ。『六王権』は復活を果たした」
「そうですか・・・老師やアルカトラスがこんな質の悪過ぎる冗談を言うとは思えませんから・・・でどうしますか??やはり志貴の所へ??」
「いや、志貴の所へ赴くのは最後の手段」
「姫はん達の邪魔をしたくないとの事や」
「そうですね・・・志貴は新婚ほやほやでしたね」
「そう言う事だな。この足で魔術協会と聖堂教会に向かう」
「それと埋葬機関ですね」
「ああ、ありとあらゆる手段をもって、『六王権』を討たねばなるまい」
こうして三人はまず聖堂教会に赴いた。
薄暗い部屋には緊迫した空気が漂っていた。
本来であれば討つ対象である死徒が二人いるが、その様な事を遥かに上回る事態に比べれれば些細な事でしかない。
「信じられん・・・第二位『六王権』が復活をとげたなど・・・」
「信じる信じないこれはあんたがたの勝手や。しかしな今は事実に目ぇ向けることが大切とちゃうんか?」
呻くような声にコーバックが啖呵を切る。
「た、確かに二十七位の言うとおりかと」
「だ、だが・・・これが罠の可能性は」
「そんな事実告げられても信じない罠を誰が用意するの?」
「それはそうだが・・・」
「ともかく、『六王権』は復活を遂げた。最高側近もだ。そして、そう遠くない時を置かずして残り六人の側近も復活を遂げるだろう。そうなってからでは遅すぎるのだぞ」
「・・・・・・・」
彼らは互いの顔を見比べた。
その表情は皆一様に引き攣っている。
「わ、判った。こちらも周囲の探索と発見に全力を注ごう」
「代行者、騎士団、埋葬機関、全ての動員を要請したい」
「わ、判っておる。任務を終えたものから順に投入する」
「ではお願いするぞ」
そう言ってから次にその足で埋葬機関第七位であり、自分達の愛弟子の一人エレイシアの元を訪れた。
「師匠、お久しぶりです」
「うむ」
「元気そうで何よりやなぁ〜」
「どうされたのですか?急に」
「緊急事態が起こったのよ」
「二十七祖第二位が復活した」
「!!」
「今、聖堂教会に協力を仰いできた所だ。程なく埋葬機関にも動員命令が下されるだろう」
「そうなのですか・・・ただタイミングが悪いですね・・・今機関員は殆ど出払っていて直ぐに動けるのは私と『王冠』だけなんです」
「あららそれはまた」
「ごっつ運が悪いのぉ〜」
「まったくです」
盛大な溜息をつくエレイシアとそれに思いっきり同情の念を露にするコーバックに青子。
「何が運が悪いの?」
そんな時後ろから当の本人・・・埋葬機関第五位であり、死徒二十七祖第二十位『王冠』メレム・ソロモンが現れた。
「おや、久しぶりやのぉ〜二十位の坊主」
「ああ、なんだ、誰かと思えば長い間自分の創った迷宮に閉じ込められてたドジな二十七位か」
「なんやとコラ、あんまりふざけた事抜かし取るとおのれを『永久回廊』に閉じ込めたろか」
「まあまあ」
「落ち着けコーバック」
一触即発の空気の中間に入るゼルレッチと青子。
「今は喧嘩などしておる場合ではあるまい」
「まあそうやな」
「それと小耳に挟んだけど第二位が復活したって本当?」
「そうや、正真正銘モノホンの情報や」
「うわぁ〜それは災厄だな〜でもシエルと一緒にチームを組みそうだからそれが不幸中の幸いかな?」
「私にとっては厄日そのものです」
「まあ気持ちは判るがここは押さえてくれ」
「そういうこっちゃ」
うきうきしているメレムに誰が見ても落ち込んだ風情のエレイシア、それを苦笑しながら慰めにもならない事を言っているのはゼルレッチとコーバック。
こうして埋葬機関を後にしてからゼルレッチに青子が尋ねる。
「老師、後は『魔術協会』へ向かいますか?」
「うむ・・・いや、その前に士郎に連絡をつける」
「士郎にかいな?」
「ああ、士郎も合流すればこちらの戦力も上がる」
「しかし、士郎は『大聖杯』破壊の任があるとちゃうんか?」
「それはそうだがまず『六王権』に対処しなければ元も子もない。連絡を取ってみる」
「そうやな。もしかしたら『大聖杯』破壊をとっくに遂行しとるかもしれん。士郎と志貴が加われば百人力・・・いや、百万人力や」
「そうですね一度連絡は取って見た方が良いでしょうね」
そう言うと、ゼルレッチは衛宮家に電話をかける。
『はい衛宮です』
「ああ士郎か?丁度いい」
『師匠?どうされたんですか?電話だなんて。いつもは直接こっちに来るのに』
電話越しに士郎が驚いた声で尋ねる。
「うむ、少し所要で忙しくてな。それよりも士郎、『大聖杯』の方じゃが破壊は済ませたか?」
期待せずに尋ねる。
『いえ、まだです。何しろ俺もマスターに選ばれた上に・・・』
と、その語尾に
『士郎―!!誰から電話なの〜』
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「今のは・・・」
間違いなく遠坂の当主凛。
『ああ!俺の知り合い!・・・と言う訳です』
「なるほどな・・・遠坂もいるのか・・・わかった。それなら良い。『大聖杯』を破壊したら直ぐにわしに連絡を入れてくれ」
『はい。判りました』
電話が切られる。
「どうやった?」
「駄目だな。既に士郎はマスターに選ばれた。その上遠坂がいる」
「あらら〜」
「下手に士郎の事を知らせて士郎に危害を加えられてはたまらん。士郎の方は『大聖杯』を破壊するまでは保留にしておく」
「それが妥当やな。ほんなら『魔術協会』に行きましょか?」
こうして『聖堂教会』の助力を取り付けた三人は次に『魔術協会』の助力を取り付けようとその日の内に時計塔に向かった。
そして冒頭の運びとなる訳であった。
しかし、こちらに関してはお世辞にも順調とは言いがたかった。
「第二位??『六王権』??馬鹿な、それこそ夢物語だ」
誰かが嘲るように言うと他から賛同の声が上がる。
彼らは『六王権』の封印をある意味よく知っていた。
だからこそ封印が破られたなど信じられる筈が無かった。
"あの封印は絶対だ。決して破られる筈が無い。"
それが彼らの中で常識として固定化されていた。
「そんな世迷言を聞き信じると思われているのですか?」
一人がゼルレッチに言う。
口調こそ丁寧だが、その奥底にある不審はありありと浮かんでいた。
「それ言われるときついがの・・・」
「更にきついのはそれが事実である事だ」
「では証拠はありませんか?」
「証拠つってものぉ〜」
あるのは『闇千年城』の無い封印空間のみ。
これが証拠と胸を張って提示するには無理が生じた。
「ではこちらは動く事は出来ませんな」
「そうだ。『六王権』探索は『魔導元帥』閣下と聖堂教会にお任せしましょう」
「おい待てや。そないな悠長な事言うとる場合か?事は一刻を争うんやで」
「そうですか・・・では我々に動いて頂きたいと言うのならそれ相応の代価が必要ですな」
「代価??」
「左様です。『真なる死神』と『錬剣師』、この二人の身柄」
「何ですって!!!」
「何しろいるかどうかわからない者を探すのですから、これでも安い代価かと思われますが」
「随分と大きく吹っかけたな」
「冗談やあらへんで。どう考えても己らの暴利やないかい」
「これを受けられぬのでしたら我々はこれで」
「いやはや無駄な時間を過ごしてしまいましたな」
「お、おいコラ!!」
コーバックの言葉も空しく『時計塔』の主だった者達は姿を消した。
「なんちゅうこっちゃ・・・」
苛立ち紛れにコーバックが床を蹴り付ける。
「あそこまで頑迷な原理主義者とは思わなかったわ」
青子も肩をすくめる。
「あやつら、おそらく志貴や士郎の事明かさんからそれに対する報復もあると思うで」
現時点で魔術協会は志貴については辛うじて本名と日本出身であると言う事は把握しているが士郎についてはゼルレッチ達の完全な情報封鎖で収穫は何一つ無い有様だった。
その為、師である青子やゼルレッチに二人の情報開示と協会帰属を再三要求してきたがそれを門前払いしてきた。
それがまさかこういった形で報復に受けるとは思わなかった。
「言えてるわね。連中『真なる死神』・『錬剣師』両方とも咽喉から手が出るほど欲しがっていたものね」
「だからこそあのようないささか信じがたい代価を要求してきたのだろう・・・」
「冗談や無いで。あの二人が抜けたらそれこそ戦力が大幅に落ち込んでまうわ」
「それだったら協会を無視した方がましね」
「当然だな。志貴は無論姫様達が賛同するとは思えぬし士郎も手放せん・・・仕方あるまい、協会については保留する。それよりも直ぐに志貴の元に向かう。その後志貴達を伴い『六王権』の残り六人の側近『六師』の封印の地に向かう」
「そういやゼルレッチ、なんなんやその『六師』ってどういう意味や??」
「それは志貴に説明する時にまとめて話す。今は一刻も早く志貴の元に向かうぞ」
そう言うと、ゼルレッチ達は日本の七夜志貴の元に急いだ。
ここで魔術協会・聖堂教会が共同で『六王権』に当たればおそらく『蒼黒戦争』は起こらなかったであろう。
仮に勃発したとしても、その脅威は極めて局地的なものに押さえ込めたに違いない。
しかし、結果として魔術協会は自ら望んで自らの首を絞める形となった。
その事に悔いるのはもう少し後の話となる。
一方・・・
ここは欧州某所のある修道院。
修道院と言ってもここに常駐しているのは聖堂教会の代行者達。
それもランクで言えば上級の者が十人もの人数がこの地を警備している。
この様な山奥のそれも小さな修道院に何故代行者がとも思われるだろうがそれも当然だった。
「なあ、何でここに俺達がいるんだ?」
まだ駐留して間もない若い代行者が独り言の様に呟く。
それは当然だ。
ここの近くに強大な死徒がいる訳でもない。
近くの町・・・というよりも村まで数十キロ。
何処にでもありふれた山奥の小さな寂れた修道院。
ここにこれだけの代行者が十人も常に常駐している。
疑問に思うなと言う方がおかしい。
それに答えたのは年配の代行者だった。
「そう疑問に思うのも当然だ。しかしな・・・ここには警備しなくてはならぬものがある」
「それはなんです?」
「ついて来るが良い」
そう言って案内するのは常は出入りが禁じられている地下堂。
そこには彼の想像を超えるものがあった。
それは円形状に配置された六体の石像だった。
若い男もいれば美しい女性もいる。
果ては年端も行かぬ子供まで存在した。
その石像を魔法陣で完全に封印していた。
「これは・・・なんです?」
「お前は『六王権』を知っているな?」
「はい無論です」
「この六体の石像は『六王権』に付き従ったと言われる六人の側近を封じた物。それがむやみに破られる事の無いよう我らが警備しているのだ」
「へっ??ちょっと待って下さい。あんな美しい女性もですか?」
「姿形に惑わされるな。こいつらは今現存している死徒のほとんどを遥かに凌ぐのだぞ。全て二十七祖級とも言われている」
「そうなのですか・・・」
唖然としてただ六体の石像を眺めていたが不意に上が騒がしい事に気付く。
「何だ??」
慌てて二人が駆け上がる。
全員入り口に固まっている。
「何事だ?」
「そ、それが・・・」
戸惑い気味に視線を向ける。
そこにはフード付きマントを身に付けた若い男が立っていた。
「何者だ?」
「・・・」
男は答えない。
フードを深く被っている為表情も伺えない。
「何者かと聞いている!!」
強い語調で再度尋ねる。
「・・・人を尋ねにきた者です」
ようやく男が答える。
「人?誰を訪ねてきた?この修道院には私達しかいないのだぞ」
「・・・何を言っているんです?いるじゃないですか・・・地下に六人」
「!!!」
全員の顔に緊張が走る。
「やっと警戒されましたか・・・最も・・・遅いですが」
その瞬間修道院に悲鳴と絶叫が響き渡った。
それが収まった時、修道院には誰もいなくなった。
フード付きマントの男・・・『影』以外は・・・
『影』は静かに地下堂に向かう。
地下堂に辿り着いた『影』は静かに石像を見やる。
「・・・迎えに来たぞ。皆」
「遅くなったな・・・」
そこに全身黒に統一された服装の男・・・『六王権』が現れる。
「陛下・・・全員復活に支障はございません」
「その様だ」
そう呟くと、静かに詠唱を開始する。
我六王に命ずる。
この地に戻りし時が来た。
甦れ六の力をそれぞれその身を纏い再度降臨せよ
その言葉と共に六つの石像に異変が起こる。
ある石像は光が溢れ、ある石像の周囲からは闇が満ちる。
ある石像から水が滴り落ち、ある石像からは土が零れ落ちる。
ある石像からは風が吹き荒れ、ある石像からは紅蓮の炎が噴き出す。
「・・・甦れ!!『六師』よ!!今再び我の呼びかけに応じよ!!」
その瞬間六つの石像が同時に吹き飛び、魔法陣が破裂でもする様に爆発した。
「甦ったな・・・」
土煙の中陽炎のように蠢く六つの影。
「全員揃いましたな・・・陛下・・・」
そう・・・『六王権』最高側近『影』、そして側近衆『六師』。
『死徒の帝王』・『死皇帝』の周囲を固める七人の側近がこの時全て揃った。